並び替え | | | タイトル | | | 日時 | | | ヒット数 | | |
旧中村家住宅 | |
住所 | 北海道檜山郡江差町字中歌町22 |
佐藤家 | |
住所 | 北海道寿都郡寿都町字歌棄町有戸163 |
松前町 | |
住所 | 松前郡松前町字館浜7番地先 |
奥尻町 | |
ここ奥尻は、「にしん漁」で栄えた北海道日本海沿岸の町のひとつです。 明治十四年ころ以降約十年間に飛躍的な伸暢を遂げ、最も活気に満ち、漁期雇夫(ヤン衆)も数百名を数えるなど、「にしん漁黄業金時代」を現出しました。 鰊漁は主として、建網及び刺網を使用し二十年代になると角網が使用され始め、鰊の漁獲高は一層増加しました。 やがて「にしん漁」は衰退していきますが、この「奥尻島」は、四方が海に囲まれ地理的な関係から他の魚介藻類に恵まれていたので、新たな漁業に力が注がれるようになりました。 「にしんルネサンス事業」は... | |
住所 | 奥尻郡奥尻町字奥尻 |
小樽鰊御殿 | |
住所 | 小樽市祝津3丁目228 |
旧笹浪家住宅 | |
住所 | 北海道檜山郡上ノ国町上ノ国 |
泊村 | |
ここ泊村では、今から三百年程前(江戸時代)より「にしん漁」が始められ、明治中期より大正末期までは「にしん」の千石場所として栄え、村の発展に大きく寄与しました。 最盛期は泊村に五十を超える魚場があり、「にしん」の建網九十二ヶ統、網元が個人で作ったミニ漁港(袋澗)もおよそ四十ヶ所在ったといいます。一ヶ統に要する人数が四十人程度ということから、東北の各地から働き手である「ヤン衆」が相当数来て、泊の浜も大変な賑わいだったようです。 春にまると、「群来」という浜言葉があるように、海を埋め尽くすほどの大量のニシンが... | |
住所 | 古宇郡泊村大字泊村59番地1 |
鰊御殿とまり | |
住所 | 北海道古宇郡泊村大字泊村59−1 |
旧余市福原漁場 | |
住所 | 北海道余市郡余市町浜中町150 |
岡田番屋 | |
住所 | 北海道苫前郡苫前町字苫前27番地 |